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神戸地方裁判所 昭和56年(ワ)1521号 判決

田中能也訴訟承継人

原告

田中安枝

田中能也訴訟承継人

原告

田中きしの

右原告ら訴訟代理人弁護士

前田貢

被告

右代表者法務大臣

遠藤要

右訴訟代理人弁護士

滝澤功治

右指定代理人

笠井勝彦

柳原孟

岸下秀一

織田忠利

馬場平哲

藤本幸男

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告田中安枝に対し金二八一三万三六二二円及びうち金二六一三万三六二二円に対する昭和五七年一月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員、原告田中きしのに対し金一四〇六万六八一一円及び内金一三〇六万六八一一円に対する昭和五七年一月一二日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者について

(一) 訴外田中能也(昭和五八年一月二日死亡。以下単に「能也」という。)は大正一二年三月一六日生れの男子で、胸部疾患により昭和五四年二月二八日神戸市中央区楠町七丁目五番二号神戸大学医学部附属病院(以下「神大病院」という。)に入院して診療を受けたが、その診療過程において、同病院麻酔科医師柴田俊(以下「柴田医師」という。)によつて、胸部痛の治療のために、同年五月二日クモ膜下フェノール・ブロック(以下「本件フェノール・ブロック」ともいう。)、同月五日持続硬膜外ブロック(以下「本件硬膜外ブロック」ともいう。そして、両ブロックを「本件各神経ブロック」ともいう。)を受けたものであり、原告田中安枝は能也の妻、原告田中きしのは能也の母である。

(二) 被告は神大病院を設置管理するもので、同病院に勤務する柴田医師の使用者である。

2  本件診療の経過について

(一) 能也は、昭和五三年末ごろから喀痰に血が混じるのに気付き、近所の高橋医院へ通院したが改善しないので、同医院の紹介で昭和五四年二月神大病院放射線科(以下「放射線科」のように表示する。)の診察を受けたところ肺腫瘍と診断され、同月二八日放射線科に入院した。入院時の一般状態は、血痰があるほかは胸痛もしびれ感もなく、また、同年三月二二日に手術のために第二外科へ転科するまでの約三週間の所見によつても、能也の全身状態は良好で胸痛やしびれ感を訴えることもなく、少くとも外観上は健康な人とは変わらない状態であつた。

(二) 能也は同月二七日右肺中下葉切除の手術を受けたが、術後の経過は順調で特に異常はみられず安定した状態であつた。

しかし、能也は同年四月五日ころから右胸部の創部でない部分に間歇的な鋭い痛みを訴えるようになり、この胸痛はその後も持続悪化したが、右上肢については右のような痛みとか、しびれ感・運動麻痺は全くみられなかつた。

(三) 能也の術後の間歇的な鋭い胸部痛が改善しないために、同月一七日第二外科から麻酔科に対して麻酔科的処置の適応検討の依頼が行われ、同科で診察検討の結果癌性疼痛としてクモ膜下フェノール・ブロックの適応症と診断した。

そして、麻酔科の高木医師によつて、同月一九日に第一回目の、同月二三日に第二回目のクモ膜下フェノール・ブロックがそれぞれ行われた。

ところが、能也の胸部疼痛は右各神経ブロックの施行にもかかわらず軽減せずに増悪した。しかし、右疼痛は右胸部に限られた痛みであつて、右上肢には麻痺や痛みはなく、胸部痛による右上肢の運動制限はあつたとしても、運動機能の低下は全くみられなかつた。

(四) 麻酔科柴田医師は、能也の胸部痛の訴えに対して、同年五月二日に第三回目のクモ膜下フェノール・ブロックを行い、続いて同月四日には持続硬膜外ブロックを行い、フィードマシンによつて継続的に薬液を注入した。

しかし、右各神経ブロック処置によつても胸部痛は軽減しないばかりか、同月二日の本件フェノール・ブロック術後からは右上肢のしびれ感を訴えるに至り、更に同月四日の本件硬膜外ブロック術後には痛み、しびれ感が右胸部、右肩、右上腕部から右手指にまで広がり、更に同部が麻痺し右手指の屈伸不能など運動機能障害が発生したうえ痛みをも伴うようになり、胸部痛の増悪と併せて能也の全身状態を極度に悪化させた。

(五) 能也はその後も種々の治療を受けたが、右胸部痛、右肩から右手指にかけての痛みと麻痺は軽快することがなく、むしろ、胸部痛、右上肢痛、右上肢不全麻痺(右神経ブロック後)へと次第に悪化していつた。

3  能也の右症状の原因

(一) 神経ブロックについて

(1) クモ膜下フェノール・ブロックは、人の脊髄神経のうち主として知覚神経線維を含む後根を、神経破壊剤であるフェノールグリセリンに浸すことによつて半永久的に遮断して痛みを抑えようとするもので、成功した場合には劇的な効果が得られるが、失敗した場合には単に痛みの改善が得られないだけではなく、脊髄の横断症状や運動神経の永久的な麻痺を引き起こすことがある。

(2) また、硬膜外ブロックは、硬膜外腔に局所麻酔剤を注入することによつて痛みを抑えようとするものであるが、硬膜外腔はクモ膜に接している硬膜(内葉)と椎骨管の骨膜(硬膜外葉)との間の部分で、上は大後頭孔から下は仙骨部まで拡がつており、硬膜外腔には血管、脂肪、疎性結合組織等が充満している。そして、麻酔剤の注入は、この硬膜後面の硬膜と黄靱帯及び椎弓板との間にある幅三ないし六ミリメートルの腔に針を穿刺して行われる。

硬膜外ブロックは右のように狭隘な部分に針を穿刺して麻酔液を注入するので、針先が深く入り過ぎ硬膜及びこれに付着するクモ膜が損傷されたり、薬液の血管内注入による局所麻酔中毒、血圧降下、自律神経線維のブロックによる嘔吐、嘔気などの合併症の発生する場合があり、特に針先が深く入り過ぎてクモ膜下腔や脊髄に穿刺が行われたことを看過して局所麻酔液が注入されると、高位脊椎麻痺や全脊椎麻痺等の極めて危険な症状が発生する。

(二) 本件硬膜外ブロックと能也の症状について

(1) 本件硬膜外ブロックは、昭和五四年五月四日の夕刻から、柴田医師によつて注入用のカテーテルを穿刺しフィードマシンにより二パーセントの局所麻酔剤カルボカインを注入して行われたが、注入開始後間もなく右肩から右胸部にかけて痛みが発生して右腕が麻痺して来た。そこで、能也は直ちに当直医に右異常を訴えたが、当直医は何らの処置をすることもなくそのまま右麻酔剤の注入を継続したので、翌朝出勤した柴田医師に右症状を訴えたところ注入は直ちに中止された。しかし、その時は既に麻痺・筋力と運動力の低下が右腕のみでなく右手指や右下肢にまでも及び、右胸から右腕にかけての痛みも一層悪化していた。

(2) 能也の右症状の発現及び胸部痛の拡大激化は、本件硬膜外ブロックを契機としてその直後に発現したものであるから、柴田医師が局部へ穿刺を行つた際に注射針を深く入れすぎて硬膜及びこれに付着するクモ膜が損傷され、更に挿入されたカテーテルによつて硬膜外腔以外の部位に局所麻酔液が注入されたか、又は薬液を取り違えて注入したか、或いは慎重を要する術後処置に不適切な所があつたかのいずれかによつて発現したものであることは明らかである。

(三) 本件フェノール・ブロックと能也の症状について

仮に、本件硬膜外ブロックが能也の右症状の原因でなかつたとすると、能也の右症状は柴田医師が五月二日に本件フェノール・ブロックを行つた際、注射針の挿入部位を誤つたか、注入薬剤の不適量又は取り違え、或いは慎重を要する術後処置に不適切な所があつたかのいずれかによつて、能也の末梢神経に損傷を与え、更に同月四日の本件硬膜外ブロックの施行によつて損傷の部位が急速に悪化したことによるものである。

(四) その他の原因行為について

仮に、本件各神経ブロックが能也の右症状の原因とはいえず、しかもその原因行為につき具体的な指摘ができないとしても、能也は胸部術後の疼痛の緩和を求めて柴田医師の診療を受けたので、同医師はあらゆる適切な手段によつて疼痛の緩和に努めるべきであるのに、かえつて、痛みを激化させるだけでなく新たに不全麻痺及び筋力と運動力の低下等の症状を発生させたのであるから、柴田医師がなすべき医療行為の趣旨に反する行為がその原因となつていることは明らかである。

4  被告の責任について

(一) 債務不履行につき

(1) 能也は術後の激しい胸部痛の改善を求めて神大病院麻酔科の治療を受けたが、このような場合、患者である能也と被告との間には、右症状についての原因ないし病名を的確に診断しこれに対して適宜の治療行為をするという事務処理を目的とした準委任契約(診療契約)が成立したものとみるべきである。

そして、被告は、同病院麻酔科に所属する医師を履行補助者として右診療契約の履行にあたつたわけであるが、診療にあたる医師は医学上相当と認められる知識、経験、技倆をもつて診療を行う義務があるのであつて、治療のための処置(本件神経ブロック術)については、それが人の生命及び身体の健全性を害するおそれが常に存在するのであるから、医師の治療行為については通常人に比べてより高度の注意義務が要求されているものといわなければならない。

(2) ところで、能也の前記症状の発現原因が柴田医師の行つた麻酔処置にあるとしても、その原因となつた具体的な行為ないし事由を特定指摘することは容易でない。特に、医療についての知識を十分に持たない患者側にその原因の指摘を要求することは不可能を強いるものである。

本来、診療契約の内容は、現在の医学水準からみて、通常の医師がとり得る最も妥当な診療行為を善良な管理者の注意をもつて行うことを内容としているというべきであり、これに反する治療行為は債務の本旨に従つた履行ということはできず、したがつて、債務不履行としてそれによる損害を賠償すべき義務がある。

ところが、右債務の本旨に従つた履行でないことを具体的に主張立証すべきことを患者側に要求するのは、高度に専門的、技術的な業務を内容とする診療行為においてほとんど不可能を要求することになるから、このような場合には、結果からみて外形的に不完全な治療が行われたと認められる以上は、被告医師側において不完全履行の帰責事由が存在しないことを主張立証しない限り、債務不履行の責任は免れないというべきである(大阪高裁判決・昭和四七年一一月二九日、判時六七九―五五)。

(3) これを本件についてみると、能也は麻酔科受診前から激しい胸部疼痛を訴え、その治療を麻酔科に求めたのであるから、右胸部疼痛については、麻酔科医師が医師として要求される十分な知識と技倆をもつて治療にあたつた結果、なおそれを改善させることができなかつたとしても、被告には債務不履行とはいえないであろう。

しかし、右胸部疼痛の改善がみられなかつただけでなく、更に右手のしびれ、筋力の低下、麻痺と痛みの発現悪化の事実は、治療行為が明らかに不完全であつたことを示すものであつて、医師としての能力をこえた不可抗力によつて発生したものであることを立証しない限りその責任を免れることはできないが、本件においてはその立証が尽くされたということはできない。

(4) かえつて、いくつかの点において柴田医師が債務の本旨に従つた診療行為を行わなかつたという事実が推認される。

(イ) クモ膜下フェノール・ブロックは、時として危険かつ重大な障害を引き起こすことがあるから、この実施にあたつては患者や家族に起こりうる合併症等を十分に説明し、その納得と協力の下に行うべき注意義務があるが、本件各神経ブロックの施行に際しては、能也もその家族の者らもブロック術について全く説明を受けていない。

(ロ) また、能也は五月二日施行の本件フェノール・ブロックにより同日午後八時ころ右上肢のしびれ感を訴えたが、これは注射針の挿入部位の誤り、注入薬剤の使用量の誤り又は取り違え、或いは能也が同日午前一〇時四〇分に麻酔科で本件フェノール・ブロック術を受けたのに術後必要な安静時間を無視し同一一時三〇分には帰室させるという不適切な事後処置があつたために、神経破壊剤であるフェノール・グリセリンが運動神経線維からなる前根にまでも作用し神経組織を破壊した疑いが極めて強い。

更に、五月四日の本件硬膜外ブロックの際には、能也が同日午後一時三〇分に麻酔科でブロック術を受け、同三時一〇分カテーテルを入れたままの状態で帰室し、その後も器具セットのままで麻酔剤の持続注入が行われたが、能也はたびたび激しい痛みや右手指のしびれ等の異常を訴えた。しかし、当直医や柴田医師は漫然と麻酔剤の注入を継続した。

ところで、神経ブロックは危険かつ重大な合併症等を伴うから、これを行う医師は細心の注意を払うべきは当然であつて、患者の身体状況、その特質等を十分に検査し薬液の注入点や量、種類等を決定すべきであることはもちろん、施術にあたつては正しい位置に薬液が注入されているかどうかを常に監視し、更に不測の事態に備えて直ちに適切な処置を行いうるよう、また異常事態の発生したときは直ちに適切な事後処置を行うよう配慮して、重大な結果の発生を回避すべき注意義務があるところ、能也が本件神経ブロック後に右症状を訴えたのは、右ブロックを行つた柴田医師の注射針の穿刺の部位又は深度の誤り、注入薬剤の不適量又は取り違え、あるいは術中の機械器具の取扱いの不適切さ、術後処置の不適切さ等を推認させるものである。

(5) このように、能也の痛みや筋力麻痺、運動障害の原因を具体的かつ確定的に指摘しえないとしても、柴田医師の胸痛の治療行為によつて、その胸痛が軽快しないばかりか新たに筋力低下等の症状が発現したものであり、その意味では柴田医師の治療行為が不完全であつたといえるから、被告は診療契約における債務の不完全履行の責任を負わなければならない。

(二) 不法行為責任につき

仮に、被告に右債務不履行の責任がないとしても、能也の前記症状が柴田医師の過失ある診療行為に起因していることは明らかであるから、被告は同人の使用者として民法七一五条による責任を負わなければならない。

5  能也の損害について

(一) 能也は昭和五四年八月末神大病院を一旦退院したが、症状の好転は全くなく前記痛みと麻痺を治療するため同病院に通院を継続し、更に同五五年四月ごろには再度右病院へ入院して治療を受けた。

その間の同年二月二九日から同年四月一一日までは兵庫県立東洋医学研究所附属診療所の治療を受け、また、同五六年六月五日から同年一一月二四日までは桜井外科医院で治療を受けたが、いずれも好転がみられずにかえつて次第に指先の麻痺と痛みは増大している。

右治療に要した治療費は次のとおりである。

神大病院 一三二万〇四七六円

東洋医学研究所 一万八四七二円

桜井外科医院 一一万七五四〇円

合計 一四五万六四八八円

(二) 能也は昭和四〇年から社団法人塩屋カントリークラブの支配人として勤務していたが、前記麻酔術による痛みと右肩から右手指に至る麻痺症状のため、再び就労することは不可能となり昭和五六年四月末日限り退職のやむなきに至つた。

能也は昭和五八年一月二日大阪医科大学附属病院で死亡したが、その直接の死因は呼吸不全、腎不全であり、頭部に腫瘍があつたが、これが死因となつていない。能也は前述の痛みと不全麻痺による全身状態の悪化が肺炎を招き死亡したもので、神大病院の麻酔ミスがその遠因となつているというべきであり、このような被害を受けなければ少くとも五年間は就労可能であつたことは明らかである。

そして、昭和五五年度における能也の収入は四〇六万五九八二円であつたが、前記被害を受けなかつたならば能也は今後少なくとも五年間は就労し得たはずであり、新ホフマン式による得べかりし利益の喪失は次のとおり一七七四万三九四五円である。

4,065,982円×4,364=17,743,945円

(三) 能也は右(一)記載のように入退院を行い更に他の病院の治療も受けるなど種々の治療を行つたが好転はみられず、胸部から右肩、右上肢全部にかけての強い痛みで夜も十分に眠ることができないし、また右手の麻痺のため握力は零に近い状態でフォークや箸さえ持つことができない。

したがつて、日常生活は極めて不自由で常時介護を要する状態にあつた。また、能也は本件麻酔ミスが遠因となつて発症した肺炎により昭和五八年一月二日死亡した。このような能也の受けた精神的苦痛は測り知れないものがあり、その慰謝料は少なくみても二〇〇〇万円を下らない。

仮に、能也の右(二)の損害が認容されないとすると、同額の損害についても慰謝料として認容されるべきである。

(四) 能也は本件訴訟を弁護士に依頼し、神戸弁護士会報酬等基準規定によつてその費用を支払うことを約したが、その額は三〇〇万円である。

(五) 以上により、能也の被つた損害は、右(一)ないし(四)の損害合計額の四二二〇万〇四三三円を下らない。

6  原告らの相続について

能也は前記損害賠償を求めて本訴提起したが、その係属中の昭和五八年一月二日死亡し、同人の法定相続人(妻)の原告安枝及び同(母)の原告きしのが能也をそれぞれ相続し、また、同人の提起した本件訴訟を承継した。

7  よつて、被告に対し、原告安枝は二八一三万三六二二円、原告きしのは一四〇六万六八一一円及び原告安枝は内金二六一三万三六二二円、原告きしのは内金一三〇六万六八一一円に対する損害発生後の昭和五七年一月一二日(本訴状送達の翌日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

1  請求の原因1項は認める。

2  同2項について

(一) 同(一)は、能也が原告ら主張の経緯と理由でその主張の日に神大病院放射線科に入院し、また、第二外科に転科入院したことは認める。その余は不知。

(二) 同(二)は、能也は原告ら主張の日に右肺中下葉切除の手術を受けその術後の経過も順調であつたこと、能也は原告ら主張のころから主張の胸部痛を訴えるようになり、同痛みはその後の治療にもかかわらず持続悪化したことは認める。その余は不知。

(三) 同(三)は、能也は原告ら主張の経緯と理由でその主張の日に第一、第二回クモ膜下フェノール・ブロックの施術を受けたが、右胸部痛は軽減せずに増悪したことは認める。その余は不知。

(四) 同(四)は、柴田医師が原告ら主張の日にその主張の各神経ブロックをそれぞれ行つたことは認める、その余は不知又は争う。

(五) 同(五)は不知又は争う。

3  同3項について

(一) 同(一)は一般論として認める。

(二) 同(二)は、本件硬膜外ブロックが柴田医師によつて原告ら主張の方法により行われたことは認める、その余は否認する。

(三) 同(三)は、本件フェノール・ブロックが柴田医師により行われたことは認める、その余は否認する。

(四) 同(四)は否認する。

4  同4項について

(一) 同(一)の(1)は、一般論として原告ら主張のような注意義務があることは認める。同(2)ないし(5)は争う(ただし、同(4)のうち原告ら主張の注意義務があることは認める)。

(二) 同(二)は争う。

5  同5項について

(一) 同(一)は、能也が昭和五四年八月末神大病院を退院し、その後も通院したり再度入院したこと、同病院に支払つた治療費が一三二万〇四七六円であることは認める。ただし、能也が退院したのは昭和五四年八月二二日であり、また、再度入院したのは同五五年七月一八日から同年八月一六日までと同年九月五日から同五六年一月五日までである。その余は不知。

(二) 同(二)ないし(五)は不知又は争う。能也が昭和五八年一月二日大阪医科大学附属病院で死亡したことは認める。

6  同6項は認める。

7  同7項は争う。

三  被告の主張

1  本件診療の経過

(一) 昭和三四年二月の入院前の病歴について

(1) 能也は、昭和四八年に左大腿部に悪性黒色腫(メラノーマ)を発症し、大阪医科大学附属病院において、これの摘出手術を受けた。手術後、放射線の照射を受けたが術後経過としては良好であつた。

(2) 能也は、昭和五三年一二月ころからわずかな咳と喀痰にわずかに血が混入するのに気付き、同五四年二月二〇日にはテニス後疲労を覚え、翌日小指大の壊死組織を喀出した。

(3) 能也は、同月二三日に喀痰中に血が混入するようになつたと訴えて、神大病院放射線科の外来において診察を受けた結果、肺に異常陰影が認められたので、同月二八日同科に入院した。

(二) 神大病院入院後の状況について

(1) その後、第二外科の診療を受けたところ、右肺葉の手術の必要が認められたため、同年三月二二日同外科に転科入院し、同月二七日右肺中下葉の切除手術を受けたが、病理所見としては「肺転移性悪性黒色腫」と診断された。

なお、同放射線科に入院中の能也の状況は、ほぼ毎日血痰が認められるほか、同月六日には左頸部から肩にかけての痛みを訴えており、同月九日には胸部疼痛を訴えている。

(2) 右切除手術後六日を経過した同年四月二日ころから、能也は右前胸部に強度の疼痛を訴えるようになり、第二外科において鎮痛剤を注射投与して疼痛の緩和を図つたが、疼痛は自制と不制を繰り返し軽快しなかつたので、同月一七日第二外科から麻酔科に対し処置の依頼がなされたところ、麻酔科柴田医師は、能也の疼痛は初診時の痛みに加えて激痛が頻回に起り、食欲不振、不眠、全身倦怠感を訴えるとともに、他覚的にも苦悶、顔貌、顔面蒼白、発汗の亢進がみられること等から、癌性疼痛(悪性腫瘍による痛み)であり、クモ膜下フェノール・ブロックの適応があると診断した。

(3) 柴田医師は、同月一九日と二三日に能也に対しクモ膜下フェノール・ブロックの施術を行い、また、麻酔科岩井医師は、同年五月一日能也に対し局所麻酔剤(マーカイン)を用いた神経根ブロックの施術をした。

(4) 柴田医師は、同月二日、能也に対し再び本件クモ膜下フェノール・ブロックの施術をした。

(5) 柴田医師は、右の各クモ膜下フェノール・ブロック等により、能也の胸部疼痛が一時軽減したがその後時間を経過すると再び激しくなり、また疼痛の部位も一定しないため、能也に対し持続硬膜外ブロックを施行することとし、同月四日午後、持続硬膜外ブロックとして、ブロック針を同人の硬膜下腔に刺入し、次いでブロック針の中を通してカテーテルを挿入したうえ、硬膜外腔に一パーセントのカルボカイン八ミリリットルを注入した。その結果、疼痛が軽減し、また全脊髄ブロック、低血圧、薬物ショック等の合併症もないことが確認されたので、カテーテルを入れたまま能也を病室に戻した。しかし、能也が病室において再び胸部の疼痛を訴えたため、柴田医師は、同日夕方ころ更に二パーセントのカルボカイン三ミリリットルをカテーテルから注入した。それでも能也の疼痛は十分に軽減しなかつたので、同医師は引き続き二パーセントのカルボカイン五ミリリットルを更に持続してカテーテルから注入すべき旨を指示し、その後担当医において翌五日午後六時三〇分ころまでほぼ二時間おきに右の量のカルボカインを注入した。その結果、効果時間は短いもののその都度疼痛軽減の効果が認められた。しかし、持続硬膜外ブロックは長時間継続すると血中の局所麻酔薬(カルボカイン)の濃度が上昇し中毒症状を来たす可能性があることから、柴田医師は翌五日午後七時三〇分ころ持続硬膜外ブロックを一旦中止した。

(6) しかし、能也の疼痛が再び激しくなつたので、同月七日、柴田医師は再度同月四日に挿入したカテーテルにより持続硬膜外ブロックを翌八日朝まで施行した。

(7) しかし、持続硬膜外ブロックが十分な効果を現わさなかつたので、同月八日再びクモ膜下フェノール・ブロックを施行したところ、効果がみられた。このように、能也に対してクモ膜下フェノール・ブロックあるいは硬膜外ブロックを施行し、その都度疼痛の軽減を得たが、長時間の疼痛寛解を得るに至らなかつた。そこで、その後は第二外科における主として薬物治療により能也の病状の経過をみることとした。

(8) 能也は同年八月二二日第二外科を退院した。

(9) 能也は、右退院後も麻酔科に通院し、さらに昭和五五年七月一八日に第二外科に再入院した(ただし同年八月一六日に退院し、同年九月五日再入院)が、その間麻酔科では硬膜外ブロックや星状神経節ブロック等を以下のとおり施行した。

(ア) 昭和五五年四月

硬膜外ブロック 五回

星状神経節ブロック 六回

(イ) 同年五月 硬膜外ブロック 一回

肋間神経ブロック 一回

(ウ) 同年六月 硬膜外ブロック 八回

肋間神経ブロック 一回

(エ) 同年七月 硬膜外ブロック 七回

(オ) 同年八月 硬膜外ブロック 三回

(カ) 同年九月 硬膜外ブロック 二回

(10) 能也は昭和五六年一月五日第二外科を退院した。

2  柴田医師の施行した本件神経ブロック術について

(一) 能也は、神大病院麻酔科において、前後約四〇回にわたり各種の神経ブロック術を受けたが、原告らはこのうち柴田医師が昭和五四年五月二日に施行したクモ膜下フェノール・ブロックと、同月四日に施行した持続硬膜外ブロックにより、能也の右前胸部痛、右上下肢不全麻痺、運動機能障害等が発症したとして、これらを施行した柴田医師には過失が存したと主張するので、まず、これらのブロック術について主張する。

(二) 神経ブロック術につき

(1) クモ膜下フェノール・ブロック及び硬膜外ブロックを含むいわゆる神経ブロック術とは、末梢の脳脊髄神経節、脳脊髄神経、交感神経節などに局所麻酔剤又は神経破壊剤を注入して、神経内の刺激伝達を化学的に遮断することにより痛みの消失又は軽減を得る治療術である。

(2) そして、神経ブロックの種類としては、その部位により脳脊髄神経ブロックと交感神経ブロックに区分され、クモ膜下ブロック及び硬膜外ブロック等は前者に含まれ、星状神経節ブロック等は交感神経ブロックに含まれる。

また、ブロックに用いられる薬剤によつて区分すると、カルボカイン、キシロカイン等の局所麻酔剤を使用する可逆的ブロックと、エチルアルコール、フェノールグリセリン等の神経破壊剤を用いる非可逆的なブロックとがある。

(三) クモ膜下フェノール・ブロックにつき

(1) クモ膜下フェノール・ブロックとは、クモ膜下腔に少量のエチルアルコール、フェノールグリセリンなどの神経破壊剤を注入して、脊髄神経のうち、主として知覚線維を含む後根を、選択的かつ半永久的に遮断して無痛、疼痛緩和を得ることを目的として行うものである。そして、その効果は永久的ではなく、約半年維持するのが通常である。

(2) ところで、脊髄神経は、各分節から脊髄を離れて出るときに前根と後根を形成し、前根は、主として運動神経線維と遠心性自律神経線維からなり、後根は、主として知覚神経線維と求心性自律神経線維を含む。そして、痛みの治療のためには、フェノールグリセリンが後根のみに接触するようにしなければならない。

そのために、クモ膜下フェノール・ブロックでは、フェノールグリセリン注入時の患者の体位としては四五度の半仰臥位とする。このようにすると、後根のみがフェノールグリセリンの層にひたされることになる。しかし、前根と後根は出口で一緒になつているので、前根の一部はフェノールグリセリンに浸され運動神経にもある程度影響が及ぶことがあるが、それは一過性であり、通常は数週間、長くても半年で消失する。

(四) 硬膜外ブロックにつき

(1) 硬膜外ブロックとは、局所麻酔剤などを硬膜外腔に注入して末梢神経をブロックし、支配部位の筋弛緩、血流改善、疼痛緩和を得ることを目的として行うものである。

この硬膜外ブロックには、方法により一回注入法すなわちその都度針を穿刺して薬剤を注入する方法と、持続法すなわち一回の穿刺でポリエチレンのカテーテルを硬膜外腔に挿入し、薬剤をカテーテルを通して注入する方法とがある。

(2) ところで、硬膜外腔では、脊髄神経の前根と後根とが集合していることから、硬膜外腔に局所麻酔剤を注入すると、痛みの消失と共に運動機能も一時麻痺する。

ただ、硬膜外ブロックは、局所麻酔薬であるからその持続時間はせいぜい一ないし二時間である。

(五) 本件各神経ブロックの施行につき

(1) 能也は、前記のとおり、既に神大病院放射線科に入院中の昭和五四年三月五日ころから、左頸部から肩にかけての痛みを訴え、更に同月九日ころからは胸部に疼痛を訴えていたが、その後第二外科に転科して、同月二七日右肺中下葉の切除術を受けたところ、手術後六日を経過した同年四月五日ころから、「創部ではない右胸部の間歇的な鋭い痛み」を訴えるようになつたので、第二外科の主治医は鎮痛剤を投与したが、能也は以後も断続的に疼痛を訴え軽快しなかつた。そこで、右主治医は、麻酔科のペインクリニック(疼痛外来)にて受診するよう指示した。

(2) 能也は、右主治医の指示に従い、同月一七日麻酔科にて受診したが、診察した柴田医師は、同人の第二外科における確定診断が「悪性黒色腫の肺転移」であることから、能也の主訴する疼痛は癌性疼痛であると診断し、かつ、その痛みが「ビリビリ締めつけるようなもの」であつて、夜間にも発症し睡眠障害を来していることから、クモ膜下フェノール・ブロックの適応があるものと判断した。

(3) 麻酔科においては、前記のとおり、同月一九日、二三日及び翌月二日の三回にわたり、能也に対し、クモ膜下フェノール・ブロックを施行した。

しかし、同ブロック術は、前述のようにそもそもクモ膜下腔に少量のフェノールグリセリンなどの神経破壊剤を注入して、脊髄神経のうち主として知覚線維を含む後根を、選択的に半永久的に遮断し、もつて永続的な疼痛軽減を得る目的で行うものであるのに、能也にあつては、施行後かなり良好な無知覚が得られ、胸部の疼痛についても、施行直後には一時的に軽減したもの、その後時間を経過すると再び疼痛が出現し、また、疼痛の部位も一定しなかつた。

そこで柴田医師は、疼痛の範囲を限局化させ、同時に低下の徴候の認められる循環機能の改善を図るためには、効果を長期間持続させることはできないが、疼痛が広範囲に存するときにより効果のある持続硬膜外ブロックの適応があると判断した。

(4) そして、麻酔科において、同年五月四日午後から翌日午後まで、また、同月七日午後から翌日午前まで、カルボカインを二回にわたり注入し、持続硬膜外ブロックを施行した。

しかし、同ブロックは、その都度疼痛軽減効果が認められたものの十分な効果を現わさないため、同月八日、再びクモ膜下フェノール・ブロックを施行した。

(5) このように、能也に対しては、本件各ブロック術を施行しその都度疼痛の軽減を得たが、長時間にわたる疼痛寛解を得るには至らなかつた。

そこで、その後、能也に対しては、第二外科の薬物治療により病状の経過をみることとした。

3  能也の主訴と本件各神経ブロック術との因果関係の不存在

(一) 原告らの主張にかかる能也が訴えた疼痛及び運動機能の低下について

(1) 原告ら主張の能也の症状は、次のとおりである。

(ア) 右胸部の疼痛

(イ) 右手あるいは右上肢のしびれ感

(ウ) 右上肢の運動機能障害

(エ) 右上肢の痛み

(2) 右の各症状について、能也が最初に訴えた時期をカルテによりみると、

(ア)は前記のとおり昭和五四年三月九日の放射線科入院中に発生しているが、

(イ)は同年五月二日より主訴

(ウ)は同月五日より主訴

(エ)は同月六日より主訴

であり、少くとも(イ)、(ウ)、(エ)は、一見、麻酔科の柴田医師が能也に対し同月二日に施行したクモ膜下フェノール・ブロック及び同月四日に施行した持続硬膜外ブロックと日時が近接していることから、原告ら主張のごとく、右各神経ブロック術を契機として発症したものであるかのごとくであるが、他方、右各神経ブロック術の施行内容、なかんずく使用された薬剤の特質からすれば、能也の前記各主訴と右各神経ブロック術との間に因果関係がないことは明白である。

(二) 本件クモ膜下フェノール・ブロックと能也の各主訴

(1) まず、前者のクモ膜下フェノール・ブロックは、前述のとおり、クモ膜下腔に少量の神経破壊剤フェノールグリセリンを注入し、脊髄神経のうち主として知覚線維を含む後根を選択的かつ半永久的に遮断し、もつて永続的な疼痛軽減を得る目的でなすものであり、五月二日に施行されたブロックにより能也には良好な無知覚が得られている。

すなわち、麻酔科のカルテの当日記載部分によると、Th2、3(第二、第三胸椎)間にフェノールが注入されているが、この結果、C8ないしTh2の脊髄神経の支配領域である上胸部及び上肢より小指と薬指の半分を占める部分に、無知覚が得られている。とすれば、能也の前記主訴のうち、(イ)は、クモ膜下フェノール・ブロックによるいわば当然の結果であり、むしろ、同ブロックの効果があつたことを示すものというべきである。

(イ)以外の、(ウ)及び(エ)については、その主訴がフェノール・ブロック施行後三ないし四日経過しており、またクモ膜下フェノール・ブロックにおいてフェノールグリセリンが前根つまり運動神経に作用することはあるが、せいぜい半年間の一過性のものであるから、右クモ膜下フェノール・ブロックによるものとは到底考えられない。

事実、第二外科の主治医も、同月二四日になした病状評価において、「フェノール・ブロックと筋力低下発現との間には、時期的に関係づけ難い」として、両者間の因果関係に疑念を抱いている。

(2) なお、原告らは、クモ膜下フェノール・ブロックは、合併症として脊髄の横断症状や運動神経の半永久的な麻痺を引き起こすことがあるとして、あたかも、能也の前記主訴のうち、(ウ)及び(エ)が、それに該当するかのごとく主張しているが、右ブロック施行後、能也について、右のごとき重篤な合併症は発生していないし、かえつて無知覚が得られ、かつ、胸部疼痛についても、少なくとも増悪はなかつたのであるから、原告らの右主張は当たらないことが明らかである。

(三) 本件硬膜外ブロックと能也の各主訴

(1) 次に、五月四日施行された本件硬膜外ブロックは、局所麻酔剤などを硬膜外腔に注入して末梢神経をブロックするものであるところ、注入する薬剤は局所麻酔剤であるから、その効果は可逆性であり、効果の持続期間はせいぜい一ないし二時間である。

したがつて、前記主訴のうち、(ウ)及び(エ)については、右ブロック施行後一〇日以上経過して次第に強くなつてきていることからして、右ブロックを施行した結果発症したものであるとは、到底いえないものである。

(2) 前記のとおり、能也の肺切除手術後の胸部の激痛は、本件硬膜外ブロック前に既に持続的に生じていたものであり、また、右手あるいは右上肢のしびれ感はやはり本件硬膜外ブロックの施行前である昭和五四年五月二日ころより現われていたのであるから、右各症状の発現時期からしても、能也の疼痛あるいは麻痺が本件硬膜外ブロック術の施行によるものでないことは明白である。

(四) 他原因について

(1) 被告は、能也に発症した右前胸部痛、右上肢不全麻痺の原因は、本件クモ膜下フェノール・ブロック及び本件硬膜外ブロック以外の他原因によるものであることを主張する。

(2) 原告ら主張の前記各主訴の症状が発症時期こそ違うものの、発症後は同時に進行していることからすれば、むしろ、これらはすべて能也の原疾患である「悪性黒色腫の肺転移」の症状進行の結果、次々と発症してきたものと判断すべきものである。

(3) パンコースト・トビアス症候群

能也の右肺中下葉切除手術後の胸部エックス線写真によると、右肺尖部には明らかに腫瘍と認められる印影があるが、この腫瘍によつてパンコースト・トビアス症候群(パンコースト腫瘍ともいう。)と称する症状を呈し、強い痛みが右前胸部から右上肢に放散し、下部腕神経麻痺を生じたものである。

(4) カウザルギー(灼熱痛)

外科手術がなされた直後あるいは一週間後から激しい痛みを生ずることをカウザルギーと称している。このカウザルギーは、疼痛のみではなく、強い循環障害や筋萎縮を来たし筋力を低下させるものである。

本件においては、能也は、肺切除手術後六日を経過したころから胸部に疼痛を訴えていること、その疼痛の部位は一定せず神経の走行に沿つていないこと、疼痛は日時の経過に従つて拡大していること、疼痛発生後に施したクモ膜下フェノール・ブロックで知覚が消失した際もなお激痛があつたこと、能也において筋力低下が生じていることからすれば、能也の疼痛及び不全麻痺はカウザルギーも原因となつていることが明らかである。

(5) 頸椎後縦靱帯骨化症

頸椎後縦靱帯骨化症とは、脊椎の後縦靱帯が肥厚することにより、脊椎の可動制限、脊中管の狭窄をきたす疾患であるが、能也の運動麻痺は、右疾病も原因となつているものである。

(6) 疼痛による二次的運動障害

能也が、前記パンコースト・トビアス症候群あるいはカウザルギー等により、激しい疼痛が発現したために十分な動作ができなかつたことによる関節拘縮も、能也の運動障害を生じた原因の一つと考えられる。

(五) 以上のとおり、能也に発症した疼痛あるいは麻痺の原因は、肺切除手術後、本件各神経ブロックの前に生じたパンコースト・トビアス症候群、カウザルギー、頸椎後縦靱帯骨化症あるいは疼痛による二次的運動障害が競合したために生じたものであつて、柴田医師の施行した本件各神経ブロックとは何らの因果関係もないことは明らかである。

4  原告ら主張の柴田医師の過失の存否について

(一) 仮に、右因果関係を肯認するとしても、柴田医師には原告ら主張のような過失はなかつた。

原告らが、本件フェノール・ブロック及び本件硬膜外ブロックを施行した柴田医師の過失として主張するのは、次の四点であると思われるので、以下に順次反論する。

(1) ブロック針あるいはカテーテルの、挿入部位又は深度の誤り

(2) 注入薬の取り違え

(3) 術中の機械器具取扱い又は事後処理の不適切

(4) 説明義務違反

(二) ブロック針あるいはカテーテルの、挿入部位又は深度の誤りの主張につき

(1) クモ膜下フェノール・ブロックにおいては、まず患者を四五度の半仰臥位をとらせ、長さ約七センチメートル、径二二又は二三ゲージの針を患者の脊椎骨の棘突起の間に穿刺するが、針先が硬膜外腔に入るときは、硬膜は文字どおり硬いので、それを抜けるとき、抵抗を感じるし、また、硬膜外腔を横切つてクモ膜下腔に入ると、クモ膜下腔は脊髄液で満たされているので、針から脊髄液の逆流が見られることから、針先の位置は常に確認できる。

仮に、針先が進み過ぎて脊髄に達したときは、脊髄の刺激症状である電激痛、膀胱直腸障害が患者に起こるし、また、針先が脊髄内に入つていれば、当然のことながら脊髄液の逆流はないのでこれも十分に確認できるものである。実際、施行した柴田医師は、針の中に入つているスタイレット(内筒)を何回も抜いて脊髄液の逆流を確認しながら針を進めており、原告らが主張するように、フェノール・ブロックに際し、同医師が針の穿刺の位置や深度を誤つたという事実は存しない。

(2) 本件フェノール・ブロック施行の際、針の穿刺の位置や深度が適切であつたという事実は、カルテの記載によつても裏付けられる。

すなわち、第二外科のカルテの五月二日記載部分には、「胸痛:減少したが、右下胸部に少しの痛みが続いている」、「今日のフェノール・ブロックは効果的であつたように思われる」との記載があり、また、麻酔科外来カルテの当日記載部分には、「無知覚C8〜Th2、疼痛消失+であるが、鈍い痛みもあり(圧迫のためか?)」との記載がある。右の記載からすれば、フェノール・ブロック本来の効果である無知覚が認められることから、脊髄の後根部分にフェノールグリセリンが正しくブロックされたことは明らかである。

(3) 本件硬膜外ブロックについても、右同様にカテーテルによる穿刺の位置や深度を誤つたという事実は存しない。

すなわち、硬膜外腔の位置は、通常「抵抗消失法」という方法により確認する。これは、硬膜外腔の外側に位置する黄靱帯の組織が非常に硬いので、この部位への薬液の注入は非常に困難であるのに対し、針先が黄靱帯を通過した後に到達する硬膜外腔は組織が非常に軟らかで薬液の注入が容易であるという、両組織の薬液注入時の抵抗の変化によつて硬膜外腔の位置を確認する方法であるが、柴田医師もこの方法によつて確認している。

仮に、ブロック針ないしカテーテルを深く入れ過ぎ硬膜及びクモ膜を突き抜けてクモ膜下腔に達したときは、クモ膜下腔は脊髄液で満たされているので脊髄液が逆流し、かつ、局所麻酔剤を注入したときには患者が全脊髄神経ブロックの状態になり意識消失、呼吸停止が起り、また、ブロック針が脊髄に達したときは、前記のとおり、患者は電激痛を訴えることから直ちに確認できるが、柴田医師が施行したときは、いずれもそのような事実はなかつた。また、硬膜外腔以外の部位にカテーテルが入つておれば全くブロックの効果が現われない筈であるが、本件ブロックにより確実に疼痛緩和の効果が生じているので本件ブロック術に誤りがなかつたといえる。

(4) 柴田医師の施術方法に誤りがなかつたことは、同医師が、本件各ブロックを施行するまでに、各種神経ブロック術につき豊富な経験を有していたことからも裏付けられる。

すなわち、同医師はそれまでにクモ膜下フェノール・ブロックについては約三〇〇例、また、硬膜外ブロックについては持続法は約五〇〇例、一回注入法は約一万例の各経験を有していたものであつて、その手技は十分に習熟していたものである。

(三) 注入薬剤の誤りの主張につき

(1) 原告らは、柴田医師が本件各ブロック術を施行する際使用する薬剤を誤つた過失があると主張する。しかし、そのような事実はなく、以下に述べる各事実からして実際なかつたことが明らかである。

(2) まず、クモ膜下ブロックに使用する神経破壊剤フェノールグリセリンと、硬膜外ブロックに使用する局所麻酔薬カルボカインは、その保管方法が全く異なる。

すなわち、神大病院では、本件施術当時、カルボカインは外来病棟に一般保管され、施術時にその都度取り出して使用されていたのに対し、フェノールグリセリンは市販薬ではなく、院内で製造され、薬局のみにて劇薬保管されていたものである。したがつて、各ブロックを施術する際にこれらを取違えて持出すことはあり得ない。

(3) また、本件施術当時におけるカルボカインとフェノールグリセリンは、各薬剤の表示はもちろん、容器も薬剤の状態にも、外見上一見して明らかな差異があり、到底両者を取違えることはあり得ない。

すなわち、それぞれの薬剤の容器には、当然その名称を表示したラベルが貼付してあり、容器自体も、カルボカインは二〇ミリリットルの蓋の付いた瓶に入れられていたのに対し、フェノールグリセリンは二ミリリットルのアンプルに収められていた。さらに、カルボカインは液が低比重で粘りがないのに対し、フェノールグリセリンは液が高比重で粘りがあるという相違が存する。

(4) さらに、先に述べた各ブロック術の施行方法の相違からしても、薬剤を取違えることはあり得ない。

すなわち、前記のとおり、フェノールグリセリンは非常に粘りがあるため、カルボカイン注入に用いるカテーテルは非常に細いので、粘りの強いフェノールグリセリンを注入することは極めて困難である。

(四) 術中の器具取扱い又は事後処理の不適切の主張につき

(1) 右の点についての原告らの主張は、必ずしも明確とはいえないが、おそらく、ブロック施術の際使用する器具を取り違えたこと、及び昭和五四年五月四日に施行された持続硬膜外ブロックの際、能也が異常な疼痛と麻痺に気付いて何らかの処置をとるように求めたにもかかわらずこれを放置したことなどを主張するものであろう。

(2) まず、使用する器具についてであるが、クモ膜下ブロックで使用する針は細い径二二又は二三ゲージのものであり、これに対し、持続硬膜外ブロックで使用する針は径一七又は一八ゲージのTuohy針であつて、形状が相違するので両者を取り違えることはあり得ないし、また後者では、カルボカイン注入用にカテーテルを針の中に通すことからしても、両者を取り違えることはあり得ない。

(3) 次に、事後処置の点であるが、柴田医師は、能也の疼痛の訴えに対し、積極的に持続硬膜外注入の外に、硬膜外ブロックの一回注入法による注入を指示し、その後翌五日夕方まで約二時間おきに主治医により一回注入法による注入が行われ、その都度疼痛が軽減していた。

また、同医師はその後も、能也に対し、継続的に経過を見て必要かつ適切な措置を講じていたものであるから、原告らが主張するように、漫然と放置していた事実は存しない。

(4) また、原告らは、本件クモ膜下フェノール・ブロックについて、看護記録中に貼付している「看護上の注意」と題する紙に施行時間が一〇時四〇分と記載され、他方、看護記録には麻酔科からの帰室時間が一一時三〇分と記載されていることをとらえ、何らかの理由で早く帰室させもつて術後の処置が不適切であつたと主張するが、神大病院の麻酔科においては、クモ膜下フェノール・ブロック施行後は一時間そのままの姿勢で安静にするようにした後帰室させるのを常としていたものであるから、単なる記載の誤りというより外ない。実際、それ以前に施行された二回のクモ膜下フェノール・ブロックについてみれば、いずれも施行時間として記載されている時刻より約一時間後に帰室させている。

仮に、百歩譲つて前記の記載が正しいとしても、「図解痛みの治療」(甲第三号証)二〇二ページ「神経破壊剤の注入」の項によれば、「神経破壊剤の注入後、患者はそのままの体位に、少なくとも四五分置いておく。」と記載されており、本件では、施行後五〇分経過して帰室しているのであるから、いずれにせよ、これをもつて柴田医師の術後の措置が不適切であつたということはできない。

(五) 能也に対する説明義務違反の主張につき

(1) 原告らは、右柴田医師が、能也やその家族に対し、ブロック術について全く説明しなかつたとして、これを同医師の過失の一として主張するが、同医師はブロック術の施行に際し必要かつ十分な説明をしており、何ら非難されるべきところはない。

(2) まず、フェノール・ブロックは、「成功した場合には、劇的な効果が得られるのに反し、失敗した場合は、単に疼痛の消失や症状の改善が得られないばかりでなく、注入部での脊髄の横断症状とか、運動神経の永久的な麻痺だとか、非常に重篤な合併症を起こすことがあるので」、同医師は、本件フェノール・ブロックを施行するに際し、能也に対し、「この治療は脊髄の近くで行いますから危険性が高い、そのために(たとえば治療中体を動かさないように)十分な協力をほしいということ、それから痛み治療の目的としては今現在痛んでいる神経の根元に薬を作用させて痛みを取ります」と、必要かつ十分なる説明をなしているものであり、この点について、同医師には何らの過失も存しない。

(3) 本件硬膜外ブロックについても同様であつて、侵入部位は胸椎の部分であること、硬膜外ブロックは特にフェノール・ブロックのように患者をベッドに固定することなくして、常に話しかけながら行うので、患者の一層の協力が必要であることからして、柴田医師は、施行前に能也に対し持続硬膜外ブロックの方法や特質について、必要にして十分な説明をなしているものであるから、この点についても、同医師には何らの過失も存しない。

(六) 以上述べたとおり、柴田医師の能也に対する本件各ブロック術は、いずれも事前に施行内容について、必要かつ十分な説明をなした上で施行されたものであつて、使用する薬剤や器材に誤りはなく、かつ、その手技においても、終始適切に施行されたことは明らかであり、また施行後の事後処理にも不適切な点は何ら存しない。

よつて、柴田医師には、原告らの主張する点についての注意義務違反は全くない。

5  以上の次第で、原告らの主張はいずれも理由がないから、本件請求はすみやかに棄却されるべきである。

四  被告の主張に対する原告らの認否と反論

1  認否

被告主張の本件診療経過は認める。ただし、柴田医師が五月七日に再度持続硬膜外ブロックを施行したかどうかは知らない。

2  反論

被告は、縷々述べて、能也の主訴する症状と本件各神経ブロックとの間には関連性ないしは因果関係がないこと、柴田医師の診療行為には過失がなかつたことを強調するので、原告らは次のとおり反論する。

(一) 能也の右上肢の痛み、不全麻痺、筋力低下並びに右下肢の運動力低下が、昭和五四年五月二日の本件フェノール・ブロック、その後の同月四日の本件硬膜外ブロック後にこれらを契機として急速に発現悪化したことは、診療録、看護記録、第二外科医師から麻酔科医師に対する同月二八日付依頼書によつても明らかであり、被告が指摘するようなパンコースト・トビアス症候群・カウザルギー、或いは頸椎後縦靱帯骨化症等によつて徐々に発現して来たものではない。

なお、被告は能也の胸部痛や右上肢不全麻痺は、右肺尖部に認められる腫瘍によつてパンコースト・トビアス症候群と称する症状が現われてこれによつて引き起こされたというが、第二外科、麻酔科の各診療記録のどこにもそのような記載はない。

また、能也は永い間の痛みと麻痺により全身状態が悪化し、昭和五八年一月二日に肺炎による呼吸不全、腎不全を起こして大阪医科大学附属病院で死亡したが、被告主張の腫瘍により死亡したものではない。

(二) 神大病院内の各科においても、能也主訴の前記症状の発現原因について所見の一致をみなかつたが、第二外科では昭和五四年五月二五日の診察では硬膜外ブロックとの関係も疑い深いとし、また、退院時の同年八月二〇日の診察では筋力低下は麻酔が原因であることを指摘し、整形外科では筋電図をとつた結果に基づき同年六月二六日フェノール・ブロックの副作用による末梢神経障害と思われるとし、更に能也が昭和五六年一二月一六日に診察を受けた城陽江尻病院においては麻酔によつて頸髄後根神経が損傷されたことにより痛みが発現したとしている。

したがつて、右の各診断所見はいずれも能也の主訴する症状と本件各神経ブロックとの関連性ないし因果関係の存在を肯定する正しい見解といえる。

(三) 能也の前記症状の発現並びに胸痛部の拡大と激化は、柴田医師の本件各神経ブロックの結果発生したものであることは明らかであり、しかも、その症状が右上肢の不全麻痺を伴うもので、かつ、柴田医師のいうように六か月で治癒しなかつたのであるから、本件各神経ブロックが失敗した場合といわざるをえない。

そして、以上の事実によると、能也の右症状の発現並びに胸部痛の拡大と激化は、本件各神経ブロックを行つた柴田医師が、注射針又は薬液の刺入注入部位の誤り、注入薬液の取り違え、或いは術後処置の不適切のいずれか又はこれらが競合して生じたものであることは明らかであり、柴田医師の過失責任は否定できない。

五  原告らの反論主張に対する被告の再反論

原告らの反論主張に対する被告の反論主張は被告の主張として今迄に述べて来たとおりであるが、被告は次のとおり反論する。

1  原告らは、本件診療記録においてパンコースト・トビアス症候群との記載がないと主張するが、パンコースト・トビアス症候群とは、病名ではなく、胸尖上部に腫瘍があり、それにより肩から胸にかけて痛み、或いは手の筋萎縮等の症状を呈するものを指称するものであるから、本件診療録に症状のみの記載がなされ、ことさらパンコースト・トビアス症候群という記載がなくとも、何ら異とするものではない。

2  神大病院各診療科間における診断の相違について

原告らは、能也の症状に関し、その発症原因が何であるかについて、神大病院の各診療科間の意見の一致をみなかつたとし、これに対し、能也がその後診療を受けた城陽江尻病院における「神経ブロックによる脊髄後根神経損傷によると思われる」との診断が正しいものであると主張している。

原告ら主張のとおり、神大病院各診療科の診断結果が必ずしも一致していないことは認めるが、これは裏返していえば能也の訴える症状の原因究明が、現在の医学水準に照らし極めて困難であることを雄弁に物語つているものといえよう。

また、各診療科の医師は、能也を診療する際、当然のことながら、自己の専門分野の知識を基礎において個々に診療するものであつて、いわゆるプロジェクトチームを形成して各人の知識を持ち寄りそれらを総合して全体的な統一的判断をなしているものではないのであるから、それぞれの診療結果が一見区々になつているのは一面やむを得ないことである。

とすれば、前記城陽江尻病院の医師の診断も、神大病院各診療科の医師と同様、それが絶対的に正しいとは断定できないものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求の原因1項、同2項のうち、能也が原告ら主張の経緯と理由でその主張の日に神大病院放射線科に入院し、更にその後第二外科に転科入院したこと、能也は原告ら主張の日に右肺中下葉切除の手術を受けその術後の経過も順調であつたこと、能也は原告ら主張のころから胸部の疼痛を訴えはじめ、同疼痛はその後の治療にもかかわらず軽快せずに悪化したこと、能也は原告ら主張の経緯と理由でその主張の日に第一回、第二回の各クモ膜下フェノール・ブロック術をそれぞれ受けたが胸部疼痛は軽減しなかつたこと、柴田医師が原告ら主張の日にその主張の各神経ブロック術を行つたこと、同3項のうち、原告ら主張の(一)の注意義務が一般的には存在すること、(二)及び(三)のうち柴田医師が原告ら主張の本件各神経ブロック術をそれぞれ行つたこと、同4項のうち、原告ら主張の注意義務が一般的には存在すること、同5項のうち、能也が昭和五四年八月末(正確には同月二二日)に一旦神大病院を退院しその後は同病院に通院していたが、更に再度同病院に入院したこと、同病院に支払つた治療費が一三二万〇四七六円であること、能也は昭和五八年一月二日大阪医科大学附属病院で死亡したこと、同6項、更に被告主張の本件診療経過については当事者間に争いがない。

二原告らは被告に対し先ず診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求をしているので検討するに、当事者間に争いのない右事実によると、能也と被告間には患者である能也が自己の胸部疾患の診療契約の申込をしたのに対し、被告はこれを承諾し、よつて右当事者間においては、単に麻酔科のみならず被告の設置管理する神戸大学附属病院の放射線科、第二外科等の関連医科による診断治療をなすという事務処理を目的とする診療契約が成立し、同病院勤務の柴田医師はその履行補助者の一員として右診療契約上の義務の履行に当つたものと解するのが相当である。

1  そして能也の疾病と診療行為について判断するのに、〈証拠〉を総合すると次の(一)ないし(四)の各事実が認定でき、同認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  能也が神大病院第二外科の診療を受けた経緯

(1) 能也は大正一二年三月一六日生れの男子で今迄にも結核、糖尿病、喘息、リュウマチ等の既往症歴もあつたが、とりわけ昭和四四年ころから高血圧症をも患い、更に同四八年には左大腿部に悪性黒色腫(メラノーマ)を発症して大阪医科大学附属病院において摘出手術を受けた。

(2) 能也は、昭和五三年末ころから喀痰に血が混じるのに気付いて近所の高橋医院に通院したが治癒せず、更に同五四年二月二一日には小指頭大の壊死組織を喀出したこともあつて、同月二三年神大病院放射線科の診療を受けたところ、肺に異常陰影が認められ、同月二八日同科に入院した。

(3) 能也は、同年三月一〇日第二外科の診察を受けた結果右肺葉切除の手術が必要とされたので、同月二二日第二外科に転科入院し同月二七日右肺中下葉の切除手術を受けたが、その際病理学的所見として「肺転移性悪性黒色腫」と診断された。

(二)  神経ブロック術施行の経緯

(1) 能也は、既に、右放射線科に入院中の同月五日に左頸部から肩にかけて痛みを、同月七日に首と肩の痛みを、更に同月八日には胸部の痛みをそれぞれ訴えたが、その後に同月二七日第二外科で右肺中下葉の切除手術を受け、術後の経過も一応順調で右痛みも消失した。

(2) しかし、能也は同年四月五日ころから創部でない右胸部に間歇的で激しい痛みを訴えはじめたので、第二外科では鎮痛剤を注射投与して治療に当つたが、同疼痛は解消せずに次第に悪化して来た。そこで、第二外科主治医は能也に対し麻酔科の受診を指示した。

(3) 能也は同月一七日麻酔科の診察を受けたが、その診察に当つた柴田医師は、能也の第二外科における原疾患が「悪性黒色腫の肺転移」であり、その疼痛は当初より増悪化したことなどから癌性疼痛と診断し、かつ、その痛みはぴりぴりと締めつけるような激しい痛みで、しかも夜間にも発症して睡眠の妨げとなつていることから、クモ膜下フェノール・ブロックが適応すると判断した。

(三)  神経ブロック術の施行

(1) 麻酔科高木医師は、右診断に基づき、同月一九日午後二時ころ、能也の第二、第三胸椎間より針を穿刺して深さ七センチメートルのところで、注射器で二回にわたり一〇パーセントのフェノールグリセリン0.3ミリリットルを注入したところ、T三―四(デルマトーム)に無知覚が得られ疼痛も一時消失したが、その後の同日午後六時ころ右疼痛は再び発症した。

(2) 高木医師は、同月二三日午後二時四五分ころ、能也の第三、第四胸椎間より針を穿刺し深さ八センチメートルのところで、注射器で二回にわたり一五パーセントのフェノールグリセリン0.3ミリリットルを注入したところ、T三―五に無知覚を得たが、疼痛の消失軽減については見るべき効果もなく、疼痛の範囲も広まり痛みは増悪化した。

(3) 麻酔科岩井医師は、同年五月一日、痛みの部位診断目的で神経根ブロックを行つたが、それは、能也の第三胸神経に局所麻酔剤である一パーセントのカルボカイン五ミリリットルを注入して痛みの消失を確認し、更に同一部位に0.5パーセントのマーカイン四ミリリットルを注入するというものであつた。その結果、一時的には疼痛も消失したので、疼痛部位はT三と診断された。

(4) 柴田医師は、同月二日午前九時四〇分ころ(同日の看護日誌には午前一〇時四〇分施行と記載されているが柴田証言によりこれが午前九時四〇分の誤記と思料される)、能也の第二、第三胸椎間から深さ七センチメートルの部位に針を穿刺して一五パーセントのフェノールグリセリン0.3ミリリットルを注入し、C八―T二に無知覚を得て右胸部疼痛は一時消失したが、能也は同日午後五時三〇分ころから再び右胸部疼痛を、また、同日午後八時ころからは右上肢のしびれをそれぞれ訴えた。

(5) 能也に対する右合計三回にわたるクモ膜下フェノール・ブロック術はいずれも痛みの治療という本来の効果がみられなかつたので、柴田医師は、不安定な疼痛の範囲を限局化させ同時に循環器機能の改善を図るために、効果を長時間持続させることはできないが痛みが広範囲にわたるときにより効果のある持続硬膜外ブロック術が適応すると判断し、同月四日に本件硬膜外ブロック術を施行した。その方法は、二パーセントの局所麻酔剤カルボカインを一時間当り三ミリリットルの割合で持続注入し、更に激痛時には二パーセントのカルボカイン五ミリリットルをその都度追加注入するというものであつた。その実施状況は、同日午後一時三〇分ころから同日午後三時四〇分までの間(施行とその後の安静時間を含む)に、麻酔科外来において能也の第五、第六胸椎間より深さ5.8センチメートルのところに硬膜外腔を確認してポリエチレン・カテーテルを穿刺し、まず一パーセントのカルボカイン八ミリリットルを注入し、更に同日午後八時一五分、同一〇時一五分、翌五日午前〇時五五分、同四時、同七時、同一〇時、同日午後一時、同四時、同六時三〇分にいずれも二パーセントのカルボカイン五ミリリットルをそれぞれ注入した。しかし、柴田医師は、カルボカインの多量注入により血中濃度が上昇し局所麻酔剤中毒を起こすおそれがあるとして、同日午後七時三〇分に右注入を中止した。

そして、右硬膜外ブロック術の施行により知覚神経の支配領域に無知覚状態がみられ疼痛の一時的解消軽減の効果は現われたが、その後は再び右胸部の間歇的な鋭い痛みが頻発するに至つた。

(6) 右各神経ブロック術の施行にもかかわらず、能也の胸部疼痛は軽減解消しなかつたが、柴田医師は再度硬膜外ブロック術を施行することとし、同月七日午後二時、同七時一五分、同九時五〇分、翌八日午前〇時二〇分、同二時五〇分、同五時二〇分にいずれも二パーセントのカルボカイン五ミリリットル(ただし、午後七時一〇分の注入時には一パーセントのカルボカイン八ミリリットル)をそれぞれ注入し、同日午前九時二〇分には右(5)と同様の理由で注入を中止した。しかし、第二回目の右硬膜外ブロック術によつては能也の右疼痛は殆んど軽減しなかつた。

(7) 右各神経ブロック術の施行にもかかわらず能也の胸部疼痛は改善しないので、柴田医師は能也の疼痛部位からみて今迄よりも少し下位に再びクモ膜下フェノール・ブロック術を行うこととし、同月八日午前一〇時過ぎころ、能也の第五、第六胸椎間から深さ6.5センチメートルのクモ膜下腔に針を穿刺して一五パーセントのフェノールグリセリン0.3ミリリットルを注射器で注入したところ、T六に無知覚を得て疼痛も一時消失した。しかし、能也の右胸部疼痛の消失も一時的なもので、今回のクモ膜下フェノール・ブロック術においても疼痛の永続的な解消軽減という本来の治療効果はみられなかつた。

(8) 右のように、麻酔科柴田医師らは能也の胸部疼痛の解消軽減のために有効とされる麻酔科的処置を種々試み、しかも右各神経ブロック術はその都度本来の効果の現われとしての無知覚状態をみながらも疼痛の解消軽減という治療効果はあげられなかつた。

そこで、麻酔科においては麻酔科的治療処置を一旦中止し、第二外科において麻酔科の治療所見を参考にしながら主として薬物療法により病状の経過観察をすることとしたところ、能也は右症状も一時軽快したとして同年八月二二日第二外科を一旦退院した。

(四)  神大病院退院後の診療

(1) しかし、右退院後も、能也の右胸部疼痛は軽減改善しなかつたばかりか、同年五月二日及び同月四日施行の本件各神経ブロック術後には、右胸部疼痛に加えて今迄には感じなかつた右上下肢の筋力低下、右上肢のしびれ、不全麻痺、運動障害、更に右上肢の痛み、同年九月には左上下肢のしびれが発症した。

能也は、右症状の治療のために、右退院後も神大病院第二外科・麻酔科に通院して治療を受け、更に、同五五年七月一八日から同年八月一六日、同年九月五日から同五六年一月一九日までの間は第二外科に入院して第二外科・麻酔科の治療を受け、とりわけ同五五年四月一五日から同年九月一六日までの間には麻酔科において被告主張のように多数回にわたつてその主張のような各神経ブロック術を受け、その都度神経ブロックによりその効果の現われとしての上肢の温感、痛みの消失軽減は得られたが、その本来の永続的な治療効果は得られなかつた。また、右診療過程で脳神経外科の診察により右症状が一部頸椎管狭窄症による疑いもあるとされたので、能也は同五六年一月一九日整形外科に転科入院して椎弓切除の手術を受けた。

(2) 他方、能也は、神大病院以外においても、同五五年二月二九日から同年四月一一日までの間は兵庫県立東洋医学研究所附属診療所で、同五六年六月五日から同年一一月二四日までの間は桜井外科医院で、同年一二月一六日から同五七年一月八日までの間は城陽江尻病院で、同年五月一〇日からは水守外科医院で、更に同年七月九日から同五八年一月二日(能也の死亡日)までの間は大阪医科大学附属病院で、その他兵庫県立姫路循環器センター、鐘紡病院、千里山病院等においても、能也の右症状、とりわけ胸部及び右上肢の激しい疼痛の軽減解消の治療を種々受けたが、右症状は改善せずに悪化した。

(3) 能也は同五八年一月二日大阪医科大学附属病院において悪性黒色腫の転移及び進行による全身衰弱に加えて肺炎を併発し、呼吸停止及び腎不全のため死亡した。

2  本件各神経ブロック術とその後の能也の症状との因果関係について

原告らは右診療経過より明らかなとおり柴田医師が施行した本件各神経ブロック術により能也の主訴する症状は改善しなかつたばかりか、かえつてこれらを契機として能也にはそれまでになかつた症状が発現したので、これは診療契約上の不完全履行ともいうべき結果からみて外形上不完全な治療行為にあたることは明らかである旨主張するので検討する。

(一)  能也の症状発現と進行状況

〈証拠〉を総合すると次の事実が認定でき、同認定に反する右各原告本人尋問の結果はにわかに措信できず、他に同認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 能也は右肺転移性の悪性黒色腫による右肺中下葉の切除手術を受ける前の昭和五四年三月五日ころから既に左頸部から肩にかけて痛みを訴え、同月八日には胸部疼痛をも訴えはじめた。

(2) また、能也は右術後の同年四月五日ころからは右胸部の創位でない部位に今迄とは異つた間歇的な鋭い痛みを訴えはじめた。この胸部疼痛及びこれに伴う右上肢の運動制限は頻回持続し、同月一九日と二三日に施行したクモ膜下フェノール・ブロック術後にも改善されなかつた。しかし、この時期には未だ能也の主訴するその他の症状はみられなかつた。

(3) 能也の激しい右胸部疼痛の訴えに対し、柴田医師は同年五月二日に第三回目の本件クモ膜下フェノール・ブロック術を行つたが、能也はその後に右胸部疼痛に加えて今迄には感じなかつた右手指端の冷感、しびれ感、握力低下を訴えはじめた。

(4) 柴田医師は、能也の右胸部疼痛に対し、同月四日と同月七日に持続硬膜外ブロック術を、同月八日にはクモ膜下フェノール・ブロック術をそれぞれ行つたが、能也の右胸部疼痛は改善しなかつたばかりか、能也は同月四日施行の本件硬膜外ブロック術開始後間もなくネットを引き裂くような痛みとその後に右上肢にしびれを感じ、更に同月五日午後八時ころからは右手指の屈伸不可と右上肢のしびれ、同月七日からは心窩部に鋭い間歇的な痛みと右肩から右手にかけての筋力低下(運動麻痺)、同月八日ころからは右上肢の運動麻痺、同月一一日ころからは右上肢痛と右下肢の運動力低下、同年九月に入つてからは左上下肢のしびれなどを次々と症状を訴えた。

(5) 能也の右症状、とりわけ右肺部疼痛は前記治療にもかかわらず治療本来の効果はみられずに次第に悪化し、また、胸部疼痛以外の症状も日時の経過とともに次第にその範囲を広め、とりわけ右上肢は麻痺から激しい痛みへと増悪化した。

(二)  能也の症状と本件各神経ブロック術との関係

(1) 前述のとおり、能也の前記(一)の症状のうち、右胸部疼痛以外は、柴田医師が施行した五月二日の本件クモ膜下フェノール・ブロック術、同月四日の本件硬膜外ブロック術を契機としてその後のこれと近接した日時にそれぞれ発症し、その後も改善されずに次第に頻発悪化したものであるから、その発症の契機及びその時期からみても、右症状発現は右各神経ブロック術と関係があるのではないかとの疑いは否定できない。

(2) また、高木医師が四月一九日と二三日に施行したクモ膜下フェノール・ブロック術は無知覚と疼痛の一時的消失という本来の効果をみながらもその後には胸部疼痛を除く前記症状を発現しなかつたが、柴田医師の施行した本件各神経ブロック術、とりわけ本件クモ膜下フェノール・ブロック術の後には右症状(特にしびれ)が発症し、しかも本件硬膜外ブロック術後に発症したしびれ、麻痺、右上下肢の筋力低下、運動障害等は、神経ブロック術が失敗した場合に通常起こる運動神経の半永久的麻痺(前記甲第三号証参照)によつて発症する症状とも解される。

(3) 事実、〈証拠〉によると次の事実が認められる。すなわち、右神経ブロック術を施行した柴田医師は能也の右上肢のしびれ、それに伴う麻痺、筋力低下は神経ブロック術の施行に伴う当然の結果であると説明しており、また、第二外科では昭和五四年五月二五日の病状評価において能也の右上下肢の筋力低下は硬膜外ブロック術との関係も疑い深いとし、能也の右退院直前の同年八月二〇日の診断においては右筋力低下は麻酔が原因であることを指摘し、整形外科では筋電図に基づき同年六月二六日に能也の右手の麻痺はフェノール・ブロック術の副作用による末梢神経障害との病状所見を述べ、更に同五六年一二月一六日の城陽江尻病院、同五七年七月九日の大阪医科大学附属病院、その他水守外科医院、兵庫県立姫路循環器センターなどの診断においても能也の右症状と神経ブロック術との間には何らかの関連性のあることを肯定した診断所見がみられ、とりわけ城陽江尻病院では能也の疼痛は頸髄後根神経が麻酔により損傷されて発症したことが著明であるとする断定的所見もみられた。

以上のとおり、本件各神経ブロック術により能也の胸部疼痛は改善治癒しなかつたばかりか、能也の主訴する症状のうち胸部疼痛以外の症状が新たに発現したので、右各症状と本件各神経ブロック術との間(とりわけ、第一次的には本件硬膜外ブロック術、第二次的には本件クモ膜下フェノール・ブロック術と本件硬膜外ブロック術との競合して)には、その発症の時期と症状内容、前記診断所見などからみても原告ら主張の因果関係の存在が窺えないではない。

三右因果関係の存在を推認することについての疑問点。

被告は原告ら主張の右因果関係の存在を強く争うので以下に検討する。

1  神経ブロック術

右因果関係の存否を判断するに当つてまず神経ブロック術一般についてみるに、〈証拠〉によると次の(一)ないし(四)の各事実が認められ、同認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  クモ膜下ブロック及び硬膜外ブロックを含むいわゆる神経ブロック術とは、末梢の脳脊髄神経節、脳脊髄神経、交感神経節等に局所麻酔剤又は神経破壊剤を注入して、神経内の刺激伝達を化学的に遮断することにより痛みの軽減又は消失を得る治療術である。

そして、神経ブロック術の種類としては、その部位により、脳脊髄神経ブロックと交感神経ブロックに区分され、クモ膜下ブロック及び硬膜外ブロック等は前者に含まれ、星状神経節ブロック等は後者に含まれる。

また、ブロックに用いられる薬剤により区分すると、カルボカイン、キシロカイン等作用持続時間の短い局所麻酔剤を用いる可逆的ブロックとエチールアルコール、フェノールグリセリン等神経破壊剤を用いる永久的又は持続時間の長い非可逆的ブロックとがある。

(二)  クモ膜下フェノール・ブロック術

(1) クモ膜下フェノール・ブロックとは、クモ膜下腔に少量のフェノールグリセリン等神経破壊剤を注入して、脊髄神経のうち、主として知覚線維を含む後根を、選択的かつ半永久的に遮断して無痛、疼痛緩和を得ることを目的として行うものであるが、その効果は永久的といつても長くて六か月間位持続するのが通常である。

(2) ところで、脊髄神経は各分節から脊髄を離れて出るときに前根と後根を形成し、前根は主として運動神経線維と遠心性自律神経線維からなり、後根は主として知覚神経線維と求心性自律神経線維を含む。そして、痛みの治療のためには、フェノールグリセリンが後根のみに作用するようにしなければならない。そのためには、クモ膜下フェノール・ブロックでは、フェノールグリセリンは脊髄液に比べて高比重なのでその注入時の体位としては、四五度の半仰臥位としなければならない。このようにすると、後根のみがフェノールグリセリンの層に浸されることとなる。しかし、前根と後根は出口で一緒になつているので、前根の一部はフェノールグリセリンに浸されることは避けられず、そのために運動神経にもある程度の影響が及ぶことがあるが、それは運動神経細胞を破壊して運動神経線維の再生を永久に妨害しない限り(甲第三号証三二頁参照)、通常は数週間、長くても半年で消失する一過性のものである。

そして、この方法は劇的効果が得られるが、何回ブロックをしても、身体のある部分のみに痛覚が残り、知覚鈍麻、または無痛にならないことがあり、それは何かの原因で脊髄神経のある線維のみが神経破壊剤におかされないためであろうとされ(甲第三号証二〇四頁参照)、また脊髄に障害を与え又は運動神経細胞を破壊するなどして注入部での脊髄の横断症状とか運動神経の永久的麻痺、膀胱直腸障害など重合併症を引き起こす危険性がある。

(三)  硬膜外ブロック

(1) 硬膜外ブロックとは、局所麻酔剤などを硬膜外腔に注入して末梢神経をブロックし、その支配部位の筋弛緩、血流改善、疼痛緩和を得ることを目的として行うものである。この硬膜外ブロックは、その方法によりその都度針を穿刺して薬剤を注入する一回注入法と、一回の穿刺でポリエチレン・カテーテルを硬膜外腔に挿入し薬剤をカテーテルを通じて注入する持続注入法とがある。

(2) ところで、硬膜外腔では脊髄神経の前根と後根とが集合していることから、硬膜外腔に局所麻酔剤を注入すると、合併症のない限り数分ないし十数分で痛みの消失と共に運動神経も一時麻痺する。ただ、硬膜外ブロックは作用時間の短い局所麻酔剤の注入であるから、その作用持続時間は精々二ないし三時間であり、右麻痺もその後は消失するのが通常である。

(3) 硬膜外ブロックは、右のように脊椎骨の間から針を硬膜外腔に入れて局所麻酔剤を注入するものであるから、硬膜外腔は内葉(内面にはクモ膜が密着している硬膜)と外葉(椎骨管の骨膜、黄靱帯の内表面)との間の部分で、血管、脂肪、疎性結合組織等が充満しているところであり、麻酔剤はこの硬膜後面の硬膜と黄靱帯及び椎弓帯板との間にある幅三ないし六ミリメートルの硬膜外腔に針を穿刺して注入される。そして、その際、針先が深く入り過ぎて硬膜及びこれに密着するクモ膜が破損されると頭痛、嘔吐、薬剤の血管内注入による局所麻酔剤中毒、交感神経線維のブロックによる血圧降下、自律神経線維のブロックによる嘔吐、嘔気等の合併症の起こる場合があり、特に針先が深く入り過ぎてクモ膜下腔や脊髄に穿刺が行われたことを看過して局所麻酔剤が注入されると、高位脊髄麻痺や全脊髄麻痺による呼吸停止等の極めて危険な状態が発生するとされている。

2  本件各神経ブロック術と能也の症状との因果関係についての疑問

そこで、能也主訴の前記症状と本件各神経ブロック術との因果関係の存否につき、原告ら主張の本件硬膜外ブロック、本件クモ膜下フェノール・ブロックの順に検討することとする。

(一)  本件硬膜外ブロック術との因果関係

前述のとおり、能也の主訴する症状のうち、右胸部疼痛及び右上肢のしびれは本件硬膜外ブロック術の施行前に既に発症し、同ブロック術により右胸部疼痛が特に増悪化したことまでは認められないから、右施術との因果関係を認めることはできない。その余の右手指の屈伸不可の訴え、右上下肢筋力低下、右上肢麻痺、右上肢痛等の症状は、一般的にみて硬膜外ブロック術の合併症とされている症状に含まれておらず、仮に麻酔剤が運動神経・知覚神経を侵した結果としてもその合併症は一時的なものに止まり能也に見られたように長期に亘る筈のないことは先に1(三)(3)に述べたとおりであるから、これまた本件硬膜外ブロックとの因果関係をたやすく肯定することができない。もつとも前記の能也に生じた症状は薬剤の血管内注入等によるものであるとしても、先に1(三)(2)に述べたとおり局所麻酔剤は数分ないし十数分で作用を発現し作用持続時間は精々二、三時間であるのに、右手指の屈伸不可の訴えは右ブロック術の開始の約三〇時間余後に、右上下肢筋力低下、右上肢麻痺等はその二日以上も経過した後に、右上肢痛はその七日以上も経過した後にそれぞれ発症しておりそれ以後は同人の死亡まで約三年七か月間も軽減治癒することなく持続し次第に悪化し激しい痛みを伴うに至つたのであるから、本件硬膜外ブロック術との因果関係をたやすく肯定できない、本件硬膜外ブロック術の施行中に能也の感じたネットを引き裂くような痛みもその程度状況などからみて脊髄損傷時の電撃痛とは解されない。

なお、前記乙第一号証記載の第二外科の病状評価は、「能也の筋力低下と硬膜外ブロックとは時期的には関連づけうるけれども、無知覚部位のT五、六のものがCレベルに上昇して右手のみを侵すことは全く理解に苦しむ。」と別の観点からではあるが原告ら主張の因果関係の推認に疑問を提起している所見も窺えるところである。

(二)  本件フェノール・ブロック術

次に、能也の主訴する前記症状と本件クモ膜下フェノール・ブロックとの関係について検討するに、柴田医師が昭和五四年五月二日に施行した本件クモ膜下フェノール・ブロックは、前述のとおり、クモ膜下腔に少量の神経破壊剤であるフェノールグリセリンを注入するものであるから、その直後に発症した。また、能也の右上下肢の筋力低下、右上肢の麻痺が右クモ膜下フェノール・ブロック術施行によるものであればその直後(数分から十数分内)に発症するのが通常であるのに、右クモ膜下フェノール・ブロック術施行の約三日ないし九日後に発症しているから、これまた右手術の施行との因果関係には疑問の余地がある。

次に前記各症状が本件クモ膜下フェノール・ブロックの際のフェノールグリセリンにより能也の脊髄神経の神経細胞自体が破壊された結果であるか否かを検討すると、クモ膜下フェノール・ブロックの際誤つて多量にフェノールグリセリンを注入し患者に誤つた体位を取らせるなどして脊髄の前角や後角にフェノールグリセリンを侵入させれば、脊髄神経の神経線維のみならず神経細胞自体を破壊することも考えられないではないが、後記3(二)(1)ないし(4)に認定の各事実によれば、ブロック針の挿入部位及び深度、薬剤の種類と量、能也の体位の確保、説明義務の履行等において柴田医師に誤りがあつたことも認められないから、能也の脊髄神経の神経細胞自体がフェノールグリセリンにより破壊されたことを推認することができない。また後記3(二)(1)に認定の各事実によると、柴田医師が本件クモ膜下フェノール・ブロックの際針先で脊髄自体を損傷した事実を推認することもできない。

次に本件クモ膜下フェノール・ブロックとその後に能也が訴えた右胸部、右上肢の痛みとの関係につき検討するのに、フェノールグリセリンは本来注入部位の神経を破壊するものであるから、注入部位を離れた右胸部、右上肢の感覚器からの痛みの刺激が大脳に伝達されるのを阻止することはあつても、右胸部、右上肢の痛みを発生増強させる原因となる筈はない。

これらの事情からすると、本件クモ膜下フェノール・ブロックと能也の前記各症状との間の因果関係の存在をたやすく肯定することができない。

3  本件各神経ブロック術施行の際の不適切・過誤の有無について

そこで、原告らは、柴田医師の本件各神経ブロック術の施行の際、ブロック針あるいはカテーテルの挿入の部位又は深度の誤り(注入薬剤の注入部位の誤り)、注入剤の取り違え、或いは患者に対する説明義務違反、術中器具の取扱い又は事後措置の不適切さ・誤り等が競合して、本件各神経ブロックにより硬膜及びこれに付着するクモ膜が損傷されるか、又は脊髄神経(前根と後根を含む)が損傷され、本件における能也主訴の前記症状が発症したと主張するので検討する。

〈証拠〉を総合すると次の(一)、(二)の各事実が認定でき、同認定に反する右各原告本人尋問の結果はにわかに措信できず、他に同認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件硬膜外ブロック術

(1) 硬膜外ブロック術は局所麻酔剤などを硬膜外腔に注入し末梢神経をブロックするものであるが、柴田医師は長さ八センチメートル、径二一又は一七ケージのTuohy針を用い、同ブロック針の到達する硬膜外腔の位置を被告主張の抵抗消失法により確認したうえ本件硬膜外ブロックを行つた。その際、誤つてブロック針又はカテーテルがクモ膜下腔に到達させたときには脊髄液が勢いよく逆流し、かつ誤つて同所に局所麻酔を注入させたときは全脊髄神経ブロックの状態により意識消失・呼吸停止を起こし、また、誤つてブロック針を脊髄に到達させた、あるいは硬膜又はクモ膜を損傷したときは本来の効果としての無知覚が得られないばかりか、激しい電撃痛を訴えることから、神経ブロック術を多数経験しその手技に練達した者には直ちに右過誤を確認できるが、神経ブロック術に練達した柴田医師が本件硬膜外ブロック術を施行したときには右のような合併症とかその他の主訴もなく、本件硬膜外ブロックによりその知覚神経線維の支配領域に無知覚、そして一時的ではあるが疼痛の軽減緩和の効果も得られた。

してみると、本件硬膜外ブロック術のブロック針の穿刺の部位、深度、したがつて注入薬剤の注入部位に誤りがあつたことは認められない。

(2) 硬膜外ブロックに使用するカルボカインと、クモ膜下フェノール・ブロックに使用するフェノールグリセリンとは、その保管方法、各薬剤の表示、容器、粘着状態、注入器具とその注入方法が全く異なることは被告主張のとおりであり、本件においては、神経ブロック術に練達した柴田医師が特にこれを取り違えたことを疑わせるような事情もみられない。

(3) 注入薬剤の使用量

横たわる柴田医師は、本件硬膜外ブロックにおいて最初に一パーセントのカルボカイン八ミリリットルを注入し、更に激痛時(実際は二ないし三時間置き)に二パーセントのカルボカイン五ミリリットルをその都度追加注入し昭和五四年五月五日午後七時三〇分には右注入を中止したが、その通常の使用量と回数(前記甲第三、第四号証参照)からみて特に過誤又は不適切と解することはできず、また、本件においては局所麻酔刺の過剰使用による血中麻酔剤中毒症状を窺わせるような事情も窺えない。

(4) 術後処置の不適切さの有無

術後の処置についても、柴田医師は、能也の激しい疼痛を軽減緩和するために持続的に、かつ、激痛時にはさらに追加的に局所麻酔剤カルボカインを注入し、その施行中は自ら又は当直医及び看護婦の継続的な経過観察により、自ら又は同人らに指示して必要な処置を講じた(特にこれらの処置が不適切であつたことを窺わせるような事情もみられないし、また能也やその家族の者から注入中止の強い訴えがされたことも窺えない)のであるから、柴田医師が本件硬膜外ブロック術の施行中に原告ら主張のように何にもせずに漫然と放置したり、あるいは原告ら(能也とその家族)の注入器抜去の訴えを無視して本件硬膜外ブロック術を持続したことも認められない。

(5) 硬膜外ブロック術は、成功した場合には疼痛の解消軽減として劇的な効果が得られるのに反し、失敗した場合には単に疼痛の消失や症状の改善が得られないばかりでなく、注入部での脊髄の横断症状とか、運動神経の永久的麻痺とか、非常に重篤な合併症を起こす場合があるので、これを行う場合には患者やその家族にその方法と起こりうる合併症等を説明し、その納得と協力の下に行うようにしなければならない。

ところで、本件硬膜外ブロック術においては、針先及びカテーテルの挿入部位が胸椎部分であるから患者に側臥位か坐位にして棘突起の間がよく開く姿勢をとらせ、しかも常に患者に話しかけながら行う必要があるので患者の一層の協力が必要であるが、柴田医師は施行前に能也に対し本件硬膜外ブロックの方法や特質について説明しその協力の下に施行した(能也の協力がなければ行えない)。

したがつて、柴田医師には原告ら主張のような説明義務違反の事実は認められない。

(二)  本件クモ膜下フェノールブロック術

(1) ブロック針の挿入部位及び深度。

クモ膜下フェノールブロックは、長さ七ないし八センチメートル、径二二又は二三ケージの針を患者の脊髄骨の棘突起の間に穿刺して行うが、その手技に練達している者にとつては、針先がクモ膜下腔に入つたことを被告主張の抵抗消失法と針からの脊髄液の逆流により容易に確認できるし、仮に針先が進み過ぎて脊髄に達したり、硬膜又はクモ膜を損傷したときには脊髄損傷時の刺激症状である電撃痛や膀胱直腸障害が起こるし、また、針先が脊髄内に入つておれば脊髄液の逆流はないので、これも容易に確認できるところ、柴田医師は神経ブロック術の経験豊かにして手技に練達していた者であつたが、本件クモ膜下フェノール・ブロック術の施行に際し、右確認方法とりわけ針の中に入つているスタイレット(内筒)を何回も抜いて脊髄液の逆流を確認しながら針を進め、針先がクモ膜下腔に入つたのを確認してから注射器を取り付けてフェノールグリセリンを注入し、後根の知覚神経線維の支配領域に無知覚状態を得た。しかし一方、その際合併症の発現を窺わせるような事情もみられなかつた。

したがつて、右ブロック針の部位及び深度に原告ら主張の誤り又は不適切なところがあつたことは認められない。

(2) 注入薬剤の間違いの有無

本件クモ膜下フェノール・ブロックは神経破壊剤を使用し知覚神経線維を含む後根を選択的かつ半永久的にブロックするのでその使用量を誤ると危険であるが、本件の場合、柴田医師は一五パーセントのフェノール・グリセリン0.3ミリリットルを注入したもので、その一回の使用量が普通0.5ミリリットル(多くても0.7ミリリットル)以下とされていることからみて使用量を誤つたとはいえない。

なお、神経ブロック術に練達した柴田医師が注入薬剤・注入器具を取り違えたことを疑わせるような事情もみられないことは、本件硬膜外ブロック術において述べたところと同じである。

(3) 患者の体位

クモ膜下フェノール・ブロック術の施行においては、前述のように注入時の患者の体位を四五度の半仰臥位としその後も同一姿勢のままで四五分ないし一時間安静にすべきであるが、柴田医師は手術台上に能也を側臥位で寝かせ体を後に倒し、頭部と腰部に抑制帯で固定し針を穿刺して実施し、その後も右施行室で術後に必要な一時間余の間同姿勢のままで安静にさせ、その後病室に戻つてからも翌朝まで同様の姿勢で安静にさせたのであるから、能也の右注入時の体位又は術後の安静厳守等において右ブロック術を誤まらせるような不適切な事実はみられない。

(4) 説明義務違反の有無。

クモ膜下フェノール・ブロック術を施行する場合にも、その危険性と患者の協力を得る必要から患者やその家族の者にその方法と起こりうる合併症の危険性等を説明し、その納得と協力の下に行うようにしなければならないことは、硬膜外ブロック術を施行する場合と同様である。

ところで、柴田医師は、本件クモ膜下フェノール・ブロック術を施行するに際し、能也に対し「この治療は痛んでいる神経の根元に作用させ痛みを除去するが、脊髄の近くで行うので危険性は高く、治療中は体を動かさないように協力してほしい。」などと説明し、能也の納得と協力の下に施行した。

したがつて、原告ら主張のような説明義務違反の事実は認められない。

(5) なお、本件クモ膜下フェノール・ブロックの施行につき、昭和五四年五月二日の第二外科カルテには、「胸部痛減少したが、右下胸部に少し痛みが続いている。」、「今日のフェノールブロックは効果的であつたように思われる。」、また、麻酔科の同日のカルテにの、「無知覚C八―TH二、疼痛消失(+)であるが、鋭い痛みあり(圧迫のためか)。」などと記載され、本件クモ膜下フェノール・ブロック術が適切に行われ本来の効果を現わしたとしている。

(三)  以上のとおり、柴田医師の施行した本件各神経ブロック術には原告ら主張のいずれの点においてもその主張のような過誤又は不適切な点があつたことは認められない。

なお、原告らは、柴田医師は能也の右上肢のしびれ、麻痺は神経ブロックの本来の作用によるもので半年もすれば軽快治癒すると述べたが、右期間経過後も右症状が軽快治癒しないのは、右症状が本件神経ブロックの本来の効果によるものではなく、その施行時の過誤に起因するものであると主張し、〈証拠〉によると柴田医師が能也に対し右のような説明をしたことも認められるかのようであるが、他方同証拠を仔細に検討すると、柴田医師は能也の右症状が本件各神経ブロックの作用のみによる場合にはその作用効果の持続時間の一過性からみて半年もすれば軽快治癒すると説明したにすぎないことが認められるので、後述のように他原因の疑われる本件においては、六か月の経過で能也の右症状が軽快治癒しなかつたとしても、直ちに本件各神経ブロック術の施行に過誤があつたことを推認することはできない。

4  能也主訴の前記症状と本件各神経ブロックとの因果関係の存在を窺わせる事由の再検討。

そこで、右因果関係を窺わせる前記二2の事由及び所見について更に仔細に検討を行うこととする。

(一) 昭和五四年四月一九日と二三日施行のクモ膜下フェノール・ブロック術の後には能也の右上肢にしびれ・麻痺、筋力低下、運動障害は発症しなかつたのに、同年五月二日施行の本件クモ膜下フェノール・ブロック術の後には右症状、とりわけ右上肢のしびれが発症したことについては、前記乙第一号証及び柴田証言によると、柴田医師は右症状の有無の差異は両ブロックの部位の相異による当然の結果(四月一九日と二三日の右ブロックは五月二日の本件フェノール・ブロックより下の部位に行われたのでその神経支配領域を異にするため右上肢にまでしびれは発症しなかつた)と説明し、また事実、前記二1(三)のとおり、四月一九日のブロックは能也の第二、第三胸椎間より針を穿刺して深さ七センチメートルのところで行いT三―四に無知覚を得た、同月二三日のブロックは能也の第三、第四胸椎間より針を穿刺して深さ八センチメートルのところで行いT三―五に無知覚を得た、また、五月二日の本件フェノール・ブロックは能也の第二、第三胸椎間から深さ七センチメートルのところで行いC八―T二に無知覚が得られたのであるから、右各無知覚はクモ膜下フェノール・ブロックが適切に行われたことによる本来の効果の現われであり、しかも能也の右上肢のしびれ発症の有無は皮膚分節図によつて窺える無知覚領域の相異に起因するものといえるので、右上肢のようなしびれ感の有無によつて本件クモ膜下フェノール・ブロックの過誤・不適切さを直ちに推認することはできない。

仮に、右相異のみで直ちに右上肢にしびれ等の発症の有無という差異を来たすか疑問がある(本件証拠上明らかでない)としても、本件クモ膜下フェノール・ブロックにより能也の前記症状が発症したと認定するにはなお強い疑問があることは前記三2で述べたとおりである。

(二) 能也の前記症状と神経ブロック術との関連性を肯定する前記二2の病状診断所見については、〈証拠〉によると、第二外科は本件各神経ブロック術の約三か月後に能也の同時進行する諸症状のうち右上下肢の筋力低下についてのみ神経ブロックが原因であることを指摘したにすぎず(六か月後の症状については考慮に入れていない)、また、整形外科においても本件各神経ブロック術後二か月も経過していない段階で筋電図の結果のみから能也の右上肢の麻痺はフェノール・ブロックによる末梢神経障害と判断したにすぎず、六か月後にも治癒せずに痛みを伴つて来たことなどは考慮されていないことが認められ、他方、同証拠によると神大病院麻酔科、神経科、脳神経外科の診断結果は区々で一致していないが、能也の症状と本件各神経ブロックとの因果関係についてはむしろ否定的所見を述べていること、柴田医師は整形外科の右所見に対しても筋電図の結果のみからは末梢神経障害が起こつたことは説明しえても本件の特異性である痛みがあることやその原因までは説明できないと批判的所見を述べていること、また、右肯定所見に対し、能也の本件症状のうち右上肢の麻痺等は説明しえても同時進行の激しい疼痛と本件各神経ブロックとの関係は説明できないと強い疑問を提起していることが認められ、更に前記肯定所見については柴田証言の疑問を払拭するだけの根拠理由も本件証拠上は明示されていないばかりか、本件各神経ブロックが能也の症状の原因行為と認定するには前記三2のとおり強い疑問があることなどから右肯定所見もにわかに措信できない。

5  他原因の疑い

被告は能也の症状と本件各神経ブロックとの間には因果関係はなく、むしろ次のような他原因によるものと主張するので検討する。

(一)  パンコースト・トビアス症候群

〈証拠〉によると、能也には右肺中下葉切除手術後も原疾患の悪性黒色腫が転移進行していたところ、右術後の胸部X線写真によつても右肺尖部に明らかに腫瘍とみられる陰影が認められたが、一般に肺尖部の肺癌・腫瘍の浸潤又は転移によつてパンコースト・トビアス症候群(パンコースト腫瘍ともいう)という症状を呈し、いわゆる癌性の強い痛みが右前胸部から右上肢に放散し、また、下部腕神経麻痺を発症することが認められる。そして、能也の症状は右バンコースト・トビアス症候群によるものとの疑いも否定できない(因みに、前記二2のとおり、能也は右術前においても既に原疾患による胸部疼痛を訴えていたものである)。

(二)  カウザルギー(灼熱痛)

〈証拠〉によると、末梢神経が損傷されたときにそれを契機として自律神経障害が起こり、特にそれが外科手術による場合はその直後あるいは一週間位後から激しい痛みを発症することをカウザルギーというが、このカウザルギーは、疼痛のみではなく、発汗の増強、強い循環器障害や筋萎縮をも併発させ筋力を低下させる場合のあることが窺える。

そして、本件において、前記二2のとおり、能也は右肺中下葉切除術後九日目から胸部疼痛を訴えはじめ、その部位も必ずしも一定せずにその範囲も日時の経過とともに拡大し、しかも本件各神経ブロックにより無知覚が得られたにもかかわらずなお激痛があつたこと、更に〈証拠〉によると右疼痛は神経の走行に沿つて発症していないことが認められることなどからすると、能也の右上肢不全麻痺・疼痛、右上下肢筋力低下、運動障害はカウザルギーがその一因となつていた疑いも否定できない。

(三)  頸椎後縦靱帯骨化症

〈証拠〉によると、頸椎後縦靱帯骨化症とは、脊柱の後縦靱帯が肥厚骨化することにより、脊柱の可動制限、脊柱管の狭窄を来たし、末梢脊髄神経が障害されて末梢神経に沿つた痛みが発症したり、右により交感神経が刺激されて緊張状態が続くので収縮して血行障害を起こす状態をいい、これらが原因となつて疼痛、筋力低下、運動障害を発症させる場合のあることが窺える。

そして、本件においては、〈証拠〉によると、能也は昭和五〇年に自動車事故により後縦靱帯骨化症を罹患した疑いがあつたところ、同人が昭和五四年五月二六日に神大病院整形外科で診察を受けた際には右症状を認めながらも筋電図の結果に基づき右上肢の麻痺は後縦靱帯骨化症によるものではないと診断されたが、その後の脳神経外科の診察では脊髄管狭窄が右症状に強く関与していると診断したために、能也は昭和五六年一月一九日整形外科に転科入院し頸椎管狭窄症により椎弓切除術を受けたことが認められるので、能也の症状(右手術を受けるまでの間の)には頸椎後縦靱帯骨化症がその一因となつていた疑いも否定できない。

(四)  疼痛による二次的運動障害

柴田証言によると、能也が前記パンコースト・トビアス症候群あるいはカウザルギー等により激しい疼痛が発現したために運動制限が生じて関節拘縮を惹起することが認められ、能也の運動障害、筋力低下もこれがその一因となつた疑いも否定できない。

(五)  以上のとおり、能也に発症した疼痛あるいは麻痺等の原因は、剖検、その他確たる証拠がないのでその発症原因を推認することは困難であるが、被告主張の前記(一)ないし(四)等が競合してこれが発症した疑いも否定できないところである。

四原告らのその他の主張

原告らは、柴田医師(その主張においても柴田医師の治療行為に限つてその原因行為を求めている)の治療行為により能也の本来の胸部疼痛は治癒しなかつたばかりか今迄になかつた前記症状が発現したのであるから、その具体的内容・事由は特定できなくても、能也の右症状の発現進行という結果からみて、柴田医師の治療行為に過誤又は不適切等外形上不完全な点があつたことは否定できず、被告においても柴田医師の治療行為が全て適切であつたことを主張立証しない限りその診療契約に基づく債務不履行の責任は免れえない旨主張する。

しかし、柴田医師は前述のとおり能也の症状、とりわけ疼痛を軽減消失させるために、本件各神経ブロックの他に、昭和五四年五月七日には前記硬膜外ブロック、同月八日には前記クモ膜下フェノール・ブロック、更に同五五年四月一五日から同年九月一六日までの間には被告主張の各神経ブロックを施行するなど麻酔科的処置としてとりうる有効な治療行為を種々試みたけれども能也の胸部疼痛は軽減治癒せずにかえつて前記症状が発現進行したが、同治療行為自体は能也の疼痛の治療行為として不適切なものとは認められないばかりか、同人の症状の発現進行には前記四5のとおり被告主張の他原因の疑いが強いうえ、本件全証拠によつても柴田医師の右治療行為には前記症状の原因行為とみるべき過誤・不適切等結果からみて不完全な治療行為が行われたことを推認させるような事情もみられない。

してみると、原告ら主張の診療契約に基づく債務不履行責任につき、被告側に柴田医師の治療行為について結果からみて外形上不完全なところが推認できない以上は、原告らのこの点に関する主張も理由がないものとして採用できない。

ところで医師は、人の生命及び健康を管理する医療行為に携わるものであるから、その行為の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を履行することが要求されるが、本件においては、柴田医師が、本件クモ膜下フェノール・ブロック術及び本件硬膜外ブロック術施行当時、国立大学付属病院に勤務する平均的な麻酔科医師として一般的に要求される臨床医学、医術、医慣行上の知識と技術の水準に従つて、可及的速やかに患者の疾病の原因ないし病名を適確に診断したうえ、適宜の治療行為をしたかどうかによつて、その不完全履行における過失の有無が決定される。そして以上に説示したところによると、柴田医師は、本件クモ膜下フェノール・ブロック術及び本件硬膜外ブロック術施行において、格別の不手際もなく、前示の知識技術水準に従つて診断及び治療行為をしたものと認められるから、右の意味における過失はなかつたものといわなければならない。そして本件にあつては、不完全履行における過失が存在しないときには不法行為における過失も存在しないものと認められる。

五結論

以上の次第で、被告と能也間の前記診療契約上の被告の債務不履行を原因とする原告らの本位的請求はその余の点について判断するまでもなく失当であり、また、前記説示から明らかなように被告側の治療業務の執行につき過失があつたことは認められないから不法行為を原因とする原告らの予備的請求もその余の点について判断するまでもなく失当である。

よつて、原告らの本訴請求のいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野田殷稔 裁判官小林一好 裁判官植野聡)

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